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健康・長寿と「健康食品」

5月27日に開かれた「消費者フォーラムin千葉」の基調講演者群馬大学名誉教授高橋久仁子氏の文章をいただきました。

2013年7月

健康・長寿と「健康食品」

  群馬大学教育学部家政教育講座 高橋久仁子

 

なんらかの保健効果を期待して経口的に摂取する製品がいわゆる「健康食品」です。このうち、錠剤やカプセル、粉末など、医薬品を連想させる形態の製品を「サプリメント」と呼ぶ風潮もありますが、「健康食品」にも「サプリメント」にも定義はなく、「なんとなく体にいいらしい」とうわさされているようです。

 年齢を重ねればそれなりの体力の低下、不ぐあいや不調を感じることもあるでしょう。具体的な病気があってもなくても、健康への不安を解消してくれるような「健康食品」の宣伝広告は魅力的です。

 さて、では「健康食品」はうわさのような効果が期待できるのでしょうか。いっしょに考えましょう。

 

<「健康食品」の販売戦略>

 魅惑的な文言を並べた「健康食品」は折り込みチラシやカタログ、新聞・雑誌、テレビ通販、そして近年ではインターネット等も加わり、多様な媒体を用いて宣伝広告されています。表向きは「食品」なので、それを摂取するとどのような「効能・効果」があるのかについては書けません。そこで、効用を「暗示」するのです。

 もし、具体的な商品名が示されたチラシ紙面に「若返る」などとか「ひざの痛みが解消します」と書いてあれば、これは「薬事法」に違反しています。近くの保健所にそのチラシ広告を持ち込めば、その事業者は取り締まりの対象となります。こういう広告もたまにはあります。

 しかし、多くの事業者はそれほどうかつではありません。その「健康食品」が「なにに効く」のか、はっきり書きたいけれど、そうすると法律に触れます。そこで薬事法や「不当景品類及び不当表示防止法」に触れないように巧みな「くふう」をこらします。よく使われる手段は次の3つ、①キーワードはずし、②架空「研究会」からの情報発信、③効果体験談、です。

①キーワードはずし:「ひざ痛解消」は薬事法に違反するので、「元気なひざをサポートします」のように直接的なキーワードをはずします。「若返る」も違反ですが、「若々しくありたい方に」はセーフです。「若返る」とはいわずに「若々しくありたい方」が「これを利用すると若返りに効果があるのだろう」と「勝手に」受け止めることが期待されているのです。

②架空「研究会」からの情報発信:「C型肝炎が治った」とか「高血圧が正常化」と、キーワードをはずすどころか刺激的な文言が並ぶチラシ広告もあります。当然、薬事法違反と思うのですが、さて、なにを売っているのかよくよく見ても具体的な商品名は載っていません。これは「〇〇」という「健康食品」を売りたい事業者が実際には存在しない「〇〇療法研究会」を名乗って「〇〇は大きな効果がある」という情報を発しているのです。情報の発信元は「○○療法研究会」であり、販売する商品のことがなにも書かれていなければ「商品広告」には該当しないのです。そこにウソが書かれていてもその責任をだれにも問えず、なにかに違反しているということにもなりません。関心を持った人が記載されている番号に電話すると、商品の説明と販売の勧誘が行なわれるしくみになっています。チラシ広告紙面に商品そのものの宣伝広告がない限り、違法性は問えないのが現状です。

③効果体験談:「健康食品」の宣伝広告の世界では効果体験談が大活躍しています。体験談はその商品を販売する事業者が「効能・効果」を標榜しているわけではなく、その商品の利用者が「私はこれで△△が改善した」と語るのを紹介している形です。「〇〇を飲んで△△が完治」と書かれた体験談を「まさか」と疑うと「飲んだ私が効いたと思っている。文句あるか!」と怒られてしまうかもしれません。とはいえ、体験談の中にウソがあることも確かめられており、クロレラやアガリクスの架空効果体験談を執筆するライターの存在がときどき問題となります。

 

<〇によい」との情報に出合ったら>

「年齢とともに減少する軟骨成分・グルコサミン、コンドロイチン、コラーゲン。毎日じょうずに補うことがたいせつです。快適な毎日をサポートします」とか「高麗人参で健康の悩みがゴッソリ解消!」等々、それを利用すれば若さも元気もとり戻せるかのような宣伝文言をあちこちで見かけます。

 このような情報に出合って、心動かされたらどうしましょうか。大切なのはすぐに飛びつかないことです。まず「○って、何? そんなにいいことあるの?」と疑いましょう。そしてインターネットを利用している方でしたら、独立行政法人国立健康・栄養研究所の「健康食品」の安全性・有効性情報  https://hfnet.nih.go.jp/

というサイトをごらんください。この研究所は「国民の健康の保持・増進及び栄養・食生活に関する調査・研究を行うことにより、公衆衛生の向上及び増進を図る公的機関」であり、信頼度の高い責任ある情報を発信しています。たくさんの種類の「健康食品」に関する情報が掲載されています。これをお読みになるとたいていの食品・食品成分の「有効性」に関してヒトでの信頼できるデータがないだけでなく、けっこう「危険情報」があることもわかります。

 また、販売企業に電話をして尋ねてみるのも一つの方法です。「これは何に効くのか」「私の不調が解消されるのか」など、しつこいくらい聞いてみてください。「効きます」と明確には言わないことがほとんどです。「効果があったとおっしゃるお客さまがたくさんいらっしゃいます」とか「個人差があります」のように、ぼかすことが多いと思います。ただ、場合によっては商品をすすめられることがあるかもしれませんので、この問い合わせは慎重にお願いします。

 

<「神話」便乗商法>

 確かな根拠がないにもかかわらず、多くの人々に信じられている事柄を比喩的に「神話」といいます。健康に関連する食の情報にもたくさんの「神話」がまぎれ込んでいますが、意図的に「神話」を作って広め、それを宣伝広告に使っているのではないか、と思われる事例が食品の世界では少なからずあります。

 たとえばコラーゲンです。先ほど紹介した国立健康・栄養研究所のサイトに「話題の食品成分の科学情報」というページがあり、その中に「コラーゲンって本当に効果があるの?(http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail2204.html)

という項目には、「コラーゲンは『皮膚』『骨・軟骨』を構成する物質として、なくてはならないタンパク質なので、『それを食べれば、皮膚や関節によいに違いない』と思うかもしれませんが、残念なことに、現時点での科学的知見では、コラーゲンを食べても『美肌』『関節』に期待する効果が出るかどうかは不明です。」とあり、くわしい理由が記されています(2012年12月28日更新)。

  しかしながら、ちまたには「コラーゲン神話」が蔓延しており、「コラーゲンでお肌ぷるぷる、しっとり、つやつや」など、いかにも「お肌がきれいになりますよ」といわんばかりの文言をよく見かけます。そこでコラーゲン摂取に美肌効果があるかのように宣伝する複数の企業に「コラーゲンを食べると肌の状態が改善されるのか」等の質問状を送り、その回答状況を考察するという調査を一昨年に行ないました。

 回答のあった2社の質問と返事を紹介します。K社への質問、「『飲むたびにうるおいを』というのは具体的にどういうことでしょうか」に対する答えは「文字どおり、飲んでいただいてのどをうるおしてほしいという意味です」でした。I社への質問、「『おいしくうるおう』とありますが、なにがうるおうのでしょうか」への答えは「止渇作用によってのどをうるおします」でした。「うるおい、うるおう」などの文言を配して宣伝しながら、このような答えが返ってくるのです。「コラーゲン神話」に便乗しているようです。

 

<「健康食品」による健康被害>

 健康のために利用する「健康食品」で健康被害があるとは信じられないかも知れません。でもあるのです。私は「健康食品」の健康問題を次の7点に整理しています。

①有害物質を含むものがある:クロレラ錠剤中に葉緑素の分解物であるフェオフォルバイドが大量に含有されていたために、利用者が重症の皮膚炎を起こした事件がありました。アレルギー性の肝障害や肺障害を起こす人もいます。これはすべての人に起きるわけではありませんが、さらなる健康を求めて利用した製品で健康を損なうのはつまらないことです。

②医薬品成分を含むものがある:動物の甲状腺粉末が配合された痩身用健康食品で甲状腺機能亢進を起こす事件がときどき発生しています。医師の処方で使う医薬品・グリベンクラミド(血糖降下薬)を添加した製品で低血糖症を起こして死亡した人がいました。

③有害物質は含まないが特定の人に有害作用をもたらすものがある: 腎機能が低下しタンパク質摂取制限の必要な人はタンパク質関連物質であるプロテイン製品やコラーゲン、アミノ酸配合製品を摂ってはいけません。クロレラ錠剤もタンパク質量が多く、これらを摂取するとよけいなタンパク質を摂取することになってしまい、からだに悪いのです。

④抽出・濃縮・乾燥等による特定成分の大量摂取:「健康食品」の宣伝広告の常套句、「医薬品ではありません。食品だから安全です」に根拠はありません。たとえ「それ」が食品そのものや食品に含有される成分であっても、抽出・濃縮・乾燥等によって「それ」を大量に摂取すると、元の食品をたくさん食べることでは起こりえない有害事象を引き起こすことがあるのです。β-カロテン摂取による喫煙者の肺がん罹患率増加、α-リポ酸錠剤摂取によるインスリン自己免疫症候群、アルコール抽出緑茶成分の錠剤摂取による重症の肝障害等々、事例はたくさんあります。

⑤食生活の改善を錯覚させる:ビタミンやミネラル、食物繊維などを配合した製品や、野菜乾燥粉末を粒化した製品があります。これらを利用して「体によいこと」をしたような錯覚に陥ることは、根本的な食生活の改善を忘れさせ、結果的に不健康な状況を継続させることつながります。

⑥「治療効果」の過信で通常医療を軽んじる:「がんに効く」等の虚偽宣伝で、標準医療を受ける機会を逸する人がいます。わらにもすがりたい思いの人につけ込み、通常の医療から遠ざけさせることは人命軽視です。

⑦非食品の食品化:イチョウの葉やハチヤニ(プロポリス)に食用歴はありません。「もともと食品ではないもの」が「プロポリス」や「イチョウ葉エキス」という「健康食品」になると「食品」の範疇に入ってしまうのはおかしなことです。

 

<「効く」と思えば価値がある?>

 さて、「効く・効かないより、効いた気分がほしいから利用する」とのお考えも要注意です。

病気の治療のために薬を服用しているかたはその薬と「健康食品」の相互作用が問題となることがあります。例えば血栓を作らせないためにワルファリンを服用している人がひざによいからとグルコサミンを、あるいは認知症予防にとイチョウ葉エキスを摂取していると出血傾向が増加することが疑われています。

また、高齢になると特に病気がなくてもからだの機能全般、すなわち代謝や排泄、体温調節や抵抗力等が若いときよりも低下します。そのため「健康食品」を利用したとき、含まれている物質をスムーズに代謝できず、問題を引き起こすこともあります。

医療機関から処方される薬も代謝機能が衰えてきた高齢者には負担となることがありますが、必要とあらばしかたありません。しかしながら自己判断で「からだに良かれ」と摂取した物質が、実は体内で処理するためにからだによけいな負担をかけてしまうこともあるのです。

さらに、製品によっては「某国では医薬品」であることを「効果」の証のように宣伝します。しかしこれは、国によっては「医薬品」として扱う物質を、「健康食品」として規格も副作用注意もなく使うのは危険ではないか、と受け止めるべきです。

 

〈健康維持の三要素とは?〉

 ありえない効果を期待させ、商品販売につなげることを「期待扇動商法」と名づけようかと、いま私は考えています。「健康食品」の心惹かれる宣伝文言に出合ったとき、もしかするとそれは「期待扇動商法」ではなかろうか、と疑問の目を向けることも必要だと思います。「○○で年齢に負けないあなたを!!」、とあおられても、加齢に伴う不調がそれで解消できるのかなあ、と疑ってみてはいかがでしょうか。「『それ』を使わない私は損をしているのか」と焦る必要はありません。

 健康を維持・増進する三要素は「運動・休養・栄養」です。これ以外の「何か」が老化を阻止し、若返りを可能にすることがありうるのでしょうか。「あるのではないか」「あるかもしれない」との期待が「何か」を求め、探すことにつながると思われます。

 エネルギーととりすぎは激しく体を動かすことでなんとか消費できるかもしれません。でも運動と休養の不足を「健康食品」で帳消しにすることはできません。

 今の日本は栄養水準も、衛生・医療水準も高く、多くの人々が長生きできる社会です。この生活環境のもと、体を充分に動かし、休息し、おいしいものを楽しく適度な量で食べられる暮らしを存分に享受しませんか。その生活に「健康食品」が入り込む余地があるとは思えません。